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労務管理

よくあるご質問

01

就業規則の作成、見直しについて

  • 就業規則はどのような場合に作成する必要がありますか。

    労働基準法は、常に10人以上の「労働者」を雇用している会社は、一定の事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出る義務がある、と定めています(労働基準法第89条)。ここでいう「労働者」とは、正社員、パート、契約社員など雇用形態を問いません。

  • 就業規則の記載事項を教えてください。

    絶定期的記載事項と相殺的記載事項があります。
    絶対的記載事項とは、労働基準法上、必ず記載しなければならない事項です。具体的には、①始業終業時刻、②休憩時間、③休日、④休暇、⑤賃金の決定・計算・支払方法、賃金の締切り・支払いの時期、昇給、⑥退職(解雇の事由を含む。)です。
    相対的記載事項とは、会社が制度として実施する場合には、記載しなければならない事項です。具体的には、①退職手当、②臨時の賃金、③最低賃金額、④食費や作業用品などを労働者に負担させる場合、⑤安全・衛生、⑥職業訓練、⑦災害補償・業務外疾病扶助、⑧表彰・制裁に関する事項のほか、全社員に適用される定めに関する事項です。

  • 就業規則の作成、変更のルールを教えてください。

    会社が就業規則を作成又は変更する場合には、労働者の過半数で組織する労働組合(労働組合がない場合には労働者の過半数を代表する者)の意見を聴かなければなりません(労働基準法第90条)。ここで、「労働者の過半数を代表する者」とは、当該事業場の労働者全員が参加しうる投票又は挙手等の方法によって選出された代表者をいいます(労働基準法施行規則第6条の2)。会社が一方的に代表者を選定することはできません。

  • 就業規則の周知義務とはどのようなものですか。

    使用者は、就業規則を、常時各作業場の見やすい場所に掲示し、または備え付けること、書面を交付すること、またはコンピュータを使用した方法によって、労働者に周知しなければなりません(労働基準法第106条第1項、労働基準法施行規則第52条の2)。
    トラブルになった後で、社員から、「就業規則なんて一度も見たことがない。」と言われないように注意しましょう。各社員から、就業規則の内容を確認した旨の署名を得ておくことも有益であると考えます。

  • 就業規則と法令、労働協約との関係を教えてください。

    就業規則は、法令又は当該事業場に適用される労働協約に反してはならないとされています(労働基準法第92条第1項)。ここでいう「法令」とは、法律・命令のみならず、地方公共団体の定める条例・規則も含みます(但し、いわゆる強行法規に限られます。)。「労働協約」とは、労働組合との合意により定められるものです。
    なお、労働基準監督署長には、法令又は労働協約に牴触する就業規則の変更を命じることができます(労働基準法第92条第2項)。

  • 就業規則と労働契約との関係を教えてください。

    就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とされます(労働契約法第12条)。例えば、就業規則で時給1,000円とあるにもかかわらず、実際の契約では時給800円とした場合は、時給800円の契約は無効となり、時給については就業規則の1,000円が適用されることになります。時給を変更するためには、就業規則を変更しなければなりません。これに対し、上記の場合で、実際の契約で時給1,200円とした場合には、時給1,200円という条件が優先されるのです。
    このように、就業規則は、労働契約上、労働条件の最低基準として位置づけられることになります。
    したがって、例えば、就業規則で賃金が明示されている場合において、企業経営上の必要性から、賃金を引き下げる必要が生じ、個々の労働者がこれに同意している場合であっても、個別的な労働契約によって賃金を引き下げることはできず、法律上は就業規則の改正が必要になりますので、注意が必要です。

  • 新たに入社する労働者に就業規則が適用されるための要件を教えてください。

    使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとされます(労働基準法第7条本文)。但し、個別の労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、就業規則の最低基準としての効力に反しない限り、個別の労働契約が優先することになります(労働基準法第7条但書)。
    新たに入社する労働者に就業規則が適用されるための要件は、①周知性、②労働条件の合理性です。
    周知性は、採用時に就業規則の内容を知り得る状態にあれば、この要件を満たすと解されています。したがって、労働者が実際に就業規則の内容を知っていたことまでは求められていませんが、後日のトラブルを防ぐためには、入社時に就業規則(賃金規定等の諸規定を含む。)の内容を確認してもらい、労働者から就業規則を確認した旨の書面を受領しておくことが有益であると考えます。

  • 就業規則を変更して、労働条件を不利益に変更することはできますか。

    まず、労働者との合意があれば、就業規則の変更による労働条件の不利益な変更が可能です。ただし、個々の労働者が使用者に対し交渉力の弱い立場にあることに鑑みれば、労働者の合意(同意)は慎重に認定すべきであると解されています。就業規則の変更について異議を述べなかったというだけでは、合意(同意)があったと認定されない可能性があります。
    次に、就業規則の変更について、労働者の合意(同意)がない場合であっても、一定の要件を満たす場合には、就業規則の変更による労働条件の不利益な変更が可能になる場合があります(労働契約法第10条)。一定の要件とは、変更の合理性、周知性です。

  • 就業規則の不利益変更を可能にするための、合理性、周知性について教えてください。

    まず、変更の合理性は、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況、⑤その他の就業規則の変更に係る事情を総合考慮して判断されることになります(労働契約法第10条)。なお、変更の合理性が認められる場合であっても、「労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については」、就業規則の最低基準効が働く場合を除き、就業規則の変更による労働条件の不利益変更は認められません(労働契約法第10条但書)。
    次に、周知性は、事業場の労働者集団に対して就業規則の変更内容を知り得る状態にあれば、この要件を満たすと解されています。したがって、労働者が実際に就業規則の変更内容を知っていたことまでは求められていませんが、後日のトラブルを防ぐためには、就業規則の変更内容を個別的に認識してもらうための工夫を検討する必要があります。

  • 変更の合理性が認められなかった場合の就業規則の効力はどのようになりますか。

    変更の合理性が認められなくても、変更後の就業規則が無効となるものではありません。変更に対して同意を与えた労働者との関係では、合意原則によって労働契約上の効力が生じることになります(労働契約法第8条、第9条)。また、変更の合理性は認められなくても、当該労働条件そのものには合理性が認められる場合には、変更後に採用された労働者との関係では、労働契約上の効力が生じることになります(労働契約法第7条)。

  • 就業規則を変更する場合の手続、変更後の手続を教えてください。

    就業規則を変更する場合には、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければなりません(労働契約法第11条、労働基準法第90条)。
    就業規則を変更した場合には、行政官庁(労働基準監督署長)に届け出なければなりません(労働契約法第11条、労働基準法第89条)。

  • 就業規則の点検、見直しは必要なのでしょうか。

    就業規則については、定期的に点検、見直しをする必要があると考えております。弁護士として労務問題を取り扱っていますと、就業規則の不備を少なからず目の当たりにします。就業規則が適切に整備されていれば、紛争にならなかったケースも経験しています。雛形をそのまま使ったために、自社の実情に合っていない就業規則も見受けられます。また、作成後の、法令の改正や新たな裁判例により、見直しが必要であるにもかかわらず、放置されているケースもあります。さらに、SNS等の近時の問題に対応できていないものもあります。
    後々、後悔しないために、自社の就業規則の点検、見直しをお勧めします。

  • 就業規則の見直しのポイントを教えてください。

    紛争の予防・解決という観点からは、①採用、入社に関する規定、②試用期間に関する規定、③配置転換に関する規定、④休職に関する規定、⑤退職に関する規定、⑥解雇に関する規定、⑦懲戒処分に関する規定、⑧服務に関する規定については、注意が必要であると考えます。

  • 就業規則の作成、点検、見直しについて、弁護士に相談することはできますか。

    当事務所は、労働法規や裁判例や、実際に紛争を解決した経験を踏まえ、各社の実情に応じた就業規則の作成、点検、見直しをお手伝いします。
    当事務所は、単に雛形の書式を提案するのではなく、各社からヒアリングを行い、各社の実情に合った就業規則の作成をサポートします。

02

採用、入社に関する労務問題について

  • 内定の取消しについて、留意する事項を教えてください。就業規則にはどのように規定すれば良いでしょうか。

    採用内定により労働契約(始期付解約権留保付労働契約)が成立すると解されていますので、入社前であっても、採用内定後に採用内定を取り消すのは簡単ではありません。裁判例では、内定の取消しが認められるのは、内定取消しが客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認できる場合に限られるとしています。そこで、内定後のトラブルを防止する観点から、内定取消事由を就業規則に具体的に明示しておくことが相当です。
    <規定例>
    第〇条(内定取消事由)
    会社は、採用内定者に次の各号の事由がある場合、採用内定を取り消すことができる。
    ①会社が提出を求めた書類を会社が指定した日までに提出しないとき
    ②健康状態が業務に耐えられないと認められるとき
    ③採用の前提となる条件(学校の卒業等)が達成されなかったとき
    ④提出書類の記載事項や採用面接時の発言に偽りがあったと認められるとき
    ⑤犯罪行為等の非行行為を行ったとき
    ⑥その他上記に準ずる事由、又はやむを得ない事由があるとき

  • 経歴詐称を理由に内定を取り消したところ、不当な内定取消であると言われました。

    採用内定により労働契約(始期付解約権留保付労働契約)が成立しますので、内定を一方的に取り消すことはできません。内定を取り消すためには、社会通念上相当な事由が必要であると解されています。詐称した経歴(犯罪歴や前職の退職事由)が、採否を判断するうえで重要な事項である場合には、社会通念上相当な事由にあたると考えられます。ケースバイケースの判断が必要になりますので、事前に、弁護士にご相談ください。

  • 内定の取消しは容易ではないとのことですが、採用内定前の段階で、応募者が業務について適格者であるかを慎重に見分けるために、有効な方法はありますか。

    採用面接時の返答は、口頭でのやりとりであるため、後日問題が発覚した場合も、「言った」、「言わない」の水掛け論になってしまうことがあります。また、面接では、良い印象を持たれたいという思いから、面接官に迎合するような返答がなされるかもしれません。そこで、採用前に特に確認しておきたい事項を書面にまとめて、採用面接時に応募者に自己記入してもらうという方法が考えられます。また、従業員の健康面のリスクについても注意する必要がありますので、採用面接時に健康についての告知書を用意するなどして、応募者に自己記入してもらうという方法も考えられます。
    書面の記載例はPDFをご確認ください。各社の実情に応じて、確認事項を適宜設定することになります。なお、自己申告形式であっても、就職差別につながるような事項については記載を控えるべきです。具体的な記載事項については、専門家に相談するなどして対応したほうが良いと考えます。

  • 内定を出した採用労働者から、辞退の連絡が来ましたが、拘束することはできないのでしょうか。

    労働者には解約の自由がありますので(民法627条)、原則として、内定の辞退も2週間の予告期間を置く限り自由にできます。仮に、学生が、「4月1日に入社します。」という誓約書を提出していたとしても、自由に内定を辞退することができます。また、誓約書に、「内定を辞退した場合には、違約金を支払います。」と書かれていたとしても、違約金の定めは無効です。このような定めは、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と規定した労働基準法第16条に違反するからです。
    なお、採用日直近の辞退など、内定の辞退が、信義則に反する態様で行われた場合には責任を追及できる余地があるかもしれません。

  • 入社時に提出してもらう書類について教えてください。

    まず、入社後のトラブルを防止する観点からは、入社時に、社員に対して、就業規則の内容を説明し、社員から、就業規則の内容を確認した旨の署名を得ておくことが有益であると考えます。
    次に、入社後の業務遂行を円滑に行うためや、社会保険加入等の諸手続を円滑に行うために、入社時に書類の提出を求めることになりますが、後日のトラブルを防止する観点から、入社時に提出してもらう書類は、就業規則に明記しておいたほうが良いです。就業規則には、①提出書類のほか、②提出期限、③不提出の場合の処置等について規定することになります。提出期限内に、書類の全部又は一部が提出されない場合には、解雇することができる旨の規定を設けることが考えられます。その場合は、採用内定時に、不提出の場合には解雇されることがあることを通知しておくことが相当です。もっとも実際に解雇が有効か否かについては、ケースバイケースで判断されることになります。規定は厳格に、運用は柔軟にということです。
    <規定例>
    第○条(入社時の提出書類)
    社員として採用されたときは、入社の日より7日以内に次の書類を会社に提出しなければならない。但し、会社の指示により、その一部を提出しないことができる。
    (1)住民票記載事項証明書
    (2)誓約書
    (3)身元保証書
    (4)健康診断書(3か月以内のもの)
    (5)卒業証明書
    (6)年金手帳
    (7)雇用保険被保険者証
    (8)源泉徴収票
    (9)給与所得の扶養控除等申告書
    (10)自動車の車検証写し、自動車保険証写し、免許証写し
    (11)その他会社が提出を求めた書類
    2 前項第11号の書類については、採用決定の通知の際に合わせて通知するものとする。
    3 第1項の期間内に書類の全部又は一部が提出されなかった場合には、会社は社員を解雇することができる。
    4 社員が第1項の規定により提出した書類の記載事項に変更が生じた場合は、7日以内に書面で会社に届け出なければならない。

  • 入社時の誓約書とはどのようなものですか。

    入社時に、誓約書を取り付けることが一般的に行われています。誓約書の取付けは、何か事が起きたときに損害賠償請求をすることがあることを記載することで、社員に法令や就業規則を遵守する重要性を認識してもらうための確認作業と位置付けられます。

  • 入社時の誓約書に盛り込むべき事項を教えてください。

    誓約書に盛り込むべき事項としては、①法令、就業規則の遵守、②秘密の 保持、③退職後の秘密保持、④退職後の競業禁止、⑤損害の賠償等が考えられます。特に、③、④については退職時に取り付けることが困難ですので、入社時の誓約書に盛り込むべきであると考えます。

    入社誓約書の記載例 PDF

  • 身元保証はどのような制度ですか。

    身元保証とは、被用者の行為によって使用者の受ける損害を賠償することを約束することをいい、この約束をした者を身元保証人といいます。身元保証の期間、責任の範囲等については、「身元保証に関する法律」(以下「身元保証法」といいます。)で規定されています。
    身元保証の期間を定めない場合、身元保証の期間は3年となります(身元保証法第1条)。また、身元保証の期間は5年を超えることはできず、5年を超える期間を定めたときでも、身元保証の期間は5年となります(身元保証法第2条第1項)。身元保証の期間が満了する場合は、これを更新することができますが、更新後の期間は5年を超えることができません(身元保証法第2条第2項)。なお、自動更新については、これを無効とした裁判例がありますので、実務上は、更新の都度、改めて身元保証契約を締結する(身元保証書を徴収する)ことが相当であると考えます。

  • 身元保証の留意点について教えてください。

    使用者は、①被用者に業務上不適任又は不誠実な事跡があって、このために身元保証人の責任の問題を引き起こすおそれがあることを知ったとき、②被用者の任務又は任地を変更し、このために身元保証人の責任を加えて重くし、又はその監督を困難にするときは、遅滞なく身元保証人に通知しなければなりません(身元保証法第3条)。
    そして、身元保証人は、使用者からこれらの通知を受けたとき、又は、自らこれらの事実があることを知ったときは、将来に向けて身元保証契約を解除することができます(身元保証法第4条)。

  • 身元保証人の責任について教えてください。

    身元保証人の責任については、被用者の監督に関する使用者の過失の有無、身元保証をするに至った事由、身元保証をするときにした注意の程度、被用者の任務又は身上の変化、その他一切の事情を考慮して定められます(身元保証法第5条)。実務上、使用者の監督責任が重んじられ、身元保証人の責任は相当程度制限されるのが実状です(身元保証人の責任を損害額の2割から4割に制限した裁判例があります。)。そうは言っても、何か起こったときのリスク対策として、就業規則に明示したうえで、身元保証契約を締結しておくことが相当であると考えます。
    身元保証人を複数とすることも可能です。

    身元保証書の記載例 PDF

  • 試用期間とは、どのような制度ですか。

    試用期間とは、会社が採用した社員の能力や適格性などを見極めるための期間であり、多くの会社で設けられています。法律の規定で定まっているものではありませんので、試用期間を設けるときには、就業規則で明示するなどして雇用契約の内容にする必要があります。試用期間については、3か月としている会社が多いようですが、法律で決まっているわけではありませんので、これより長くすることも可能です。3か月では短い場合には、余裕をもって6か月とすることもあり得ます。もっとも、試用期間の趣旨からして、余りに長すぎる期間を定めると無効とされる可能性がありますので、注意してください。

  • 試用期間の延長は認められるのですか。

    やむを得ない事情により当初の試用期間だけでは社員の能力や適格性を判断できない場合があり得ますので、そのような場合に備えて、就業規則に試用期間の延長規定を盛り込むことが必要です。延長期間については、当初の試用期間を超えるような期間は相当ではないと考えます。
    <規定例>
    第○条(試用期間)
    新たに採用した社員については6か月間を試用期間とする。但し、試用期間中に社員としての適格性を判断できないときは、3か月を限度に試用期間を延長することができる。

03

残業代に関する労務問題について

  • 退職した元労働者から、タイムカードに刻印されている出社時刻、退社時刻をもとに、過去2年分の残業代を請求するとの内容証明郵便が届きました。実際にすべての時間を業務していたわけではないと思いますが、タイムカードに基づいて支払う必要があるのでしょうか。

    労働時間がタイムカードで管理されている場合には、その記録が労働時間として事実上推定される傾向があります。いくら会社が、タイムカードは実労働時間を反映していないと言っても、その主張は認められにくいのが実情です。裁判例では、仮に、時間内に仕事に就いていなかった時間が存在するというのであれば、会社において別途時間管理者を選任し、その者に残業状況をチェックさせ、記録化する等しなければ、タイムカードによる勤務時間の外形的事実を覆すことは困難というべきであると判示しているものがあります。使用者には、労働者の労働時間を適正に把握・管理する責務がありますので、これを背景に使用者に厳しい判断が下される傾向があります。

  • タイムカードで労働時間を管理しますが、不当な残業代請求を受けないためには、どのような対策がありますか。

    裁判例では、①就業規則に時間外勤務は所属長からの命令によって行われるものであることが明記されており、②タイムカード以外に、従業員本人に時間外勤務時間を申告、確認させるルールが定められおり、そのルールを実際に運用して時間外勤務時間が管理されていたケースで、入退館記録表(タイムカード)に打刻された入館時刻から退館時刻までの時間について,客観的な指揮命令下に置かれた労働時間と推認することができない特段の事情があるとしたものがあります。不当な残業代請求を受けないためには、会社のほうで労働時間を管理するルールを定め、適切に運用する必要があります

  • みなし残業代とはどのような制度ですか。

    みなし残業代とは、あらかじめ、賃金の中に、一定時間分の残業代(例えば1か月につき20時間分の残業代)が含まれている賃金体系を指します。みなし残業代は実務上有効であると解されています。但し、ある手当(例えば、営業手当)が、みなし残業代にあたるか否かを明確にするために、就業規則、雇用契約書等において、「営業手当(月20時間の定額残業代)」などと明示し、それが、みなし残業代であることを明らかにしておく必要があります。

  • みなし残業代について、みなし残業時間を超過した分についてはどのように扱われるのですか。

    労働者が、みなし残業時間を超過して残業した場合には、当該超過分については、残業代を支払わなければなりません。例えば、1か月につき20時間分のみなし残業代を支払っている場合で、ある月の残業時間が25時間であった場合、みなし残業代以外に、5時間分の残業代を支払わなければなりません。なお、その場合、みなし残業代については、割増賃金の基礎となる賃金から除外して計算することになります。そのように解さないと、二重に割増賃金を支払うことになるからです。

  • みなし残業代に関する留意点を教えてください。

    みなし残業代に関する留意点をまとめると以下のとおりになります。
    ①ある手当(みなし残業代)が、何時間分の時間外労働に対する割増賃金にあたるのかを就業規則、契約書に明示することが必要です。
    ②実際の残業時間がみなし残業代の残業時間を超過する場合には、超過した時間について、みなし残業代のほかに、残業代を支払うことが必要です。
    ③上記②に関連して、労働時間の管理がルーズにならないように注意する必要があります。
    ④みなし残業代の基礎となる基準賃金が最低賃金法を下回らないように注意する必要があります。
    ⑤新たに、みなし残業代を導入する際には、それが契約内容の不利益変更にあたる場合には、不利益変更の要件を充足する必要があります。就業規則による不利益変更の可否、労働協約による不利益変更の可否、個別合意による不利益変更の可否が問題になります。

  • 先般退職した元営業部長から、残業代(時間外割増賃金)の請求書が届きました。管理職の地位にあった者からの残業代の請求は認められるのでしょうか。

    労働基準法41条2号に定める管理監督者に当たれば、残業代を支払う必要はありませんが、管理職=管理監督者ではありません。裁判例上、労働基準法で定める管理監督者とは、実質的に経営者と一体的な立場にあり、労働時間等の規制の枠を超えて活動せざるを得ない重要な職務と権限を付与され、賃金等の待遇及び勤務態様において他の一般労働者に比べて優遇されている者をいいます。具体的には、①職務内容、権限及び責任に照らし、労務管理を含め、企業全体の事業経営に関する重要事項にどのように関与しているか、②その勤務態様が労働時間等に対する規制になじまないものであるか否か、③給与(基本給、役付手当等)及び一時金において、管理監督者にふさわしい待遇がされているか否かなどの諸点から判断すべきであるとされています。
    そうすると、実際問題として、中小企業の管理職(部長、課長、店長等)において、上記のような重要な職務と権限を持っている人物は、ほとんどいないのではないかと思われます。残業代の請求が顕在化するのは退職時か、退職時以降です。在職中に労務管理の見直しを検討する必要があります。

  • 管理職から後日残業代を請求されないために、どのような点を見直しすれば良いのでしょうか。

    労務管理の見直しのポイントとして、まず、管理職を、他の労働者と同様に扱うことが必要になります。具体的には、①労働時間(始業時間、終業時間)の時間管理を行うこと、②休憩時間の時間管理を行うこと、③休日出勤の管理を行うことが必要になります。
    次に、給与体系についても見直しを検討する必要があります。管理職との間で、残業代は賃金総額に含まれているという暗黙の了解があったとしても、この暗黙の了解は、裁判では通用しません。役職に見合った残業代をあらかじめ定額で支払う旨の定額残業制の定めをするなどして、合意を書面化しておくことが必要になります。

  • 未払残業代の請求があった場合、どのように対応すれば良いのでしょうか。

    未払残業代の請求の具体的根拠を確認のうえ、請求の当否を検討することになります。請求を放置すると、従業員から労働審判申立てや、訴訟が提起される可能性があります。裁判上の請求の場合、遅延損害金や付加金の支払いが必要になるケースもあります。また、労働基準監督署による調査が行われ、支払勧告が出される場合もあります。
    通常は、裁判外で、従業員と示談交渉を行うことが考えられます。示談交渉を弁護士に依頼して行うことも可能です。

  • 弁護士に示談交渉を依頼する場合、費用はどのくらいかかりますか。

    当事務所の労働審判、民事訴訟の基準を参照して費用を決定します。

    労働審判、民事訴訟の費用はこちら

04

その他の労使紛争に関する問題

  • 妊娠を理由に、負担の軽い部署への異動を命じ、係長職を免じたところ、労働者から、降格人事であるとして、異動の撤回を求められました。

    判例によると、妊娠、出産を理由にした不利益取扱い(降格措置)が認められるためには、①労働者が自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すること、又は、②円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、上記措置について、不利益取扱いの禁止の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在することが必要であると解されています。単に同意があるということでは足りませんし、業務上の都合があるということでも足りませんので、注意が必要です。事前に弁護士にご相談ください。

  • 社員が、勤務時間外に副業(アルバイト)をしていることが発覚しましたが、副業は認められるのでしょうか。

    労働者は、勤務時間外の時間を自由に利用することができますので、原則として副業は許されます。副業の禁止については、裁判例によりますと、労働者が兼業することによって、労働者の労務提供が不能又は不完全になるような事態が生じたり、使用者の企業秘密が漏洩するなど経営秩序を乱す事態が生じる場合において、例外的に就業規則をもって兼業を禁止できるとされています。例えば、①労務提供に支障を来すような長時間の業務への従事、②競業会社の取締役への就任などが、兼業禁止に該当すると解されます。ケースバイケースの判断が必要になりますので、事前に、弁護士にご相談ください。

  • 社員の業務上のミスにより損害を被りましたが、社員に責任をとってもらうことはできますか。

    労働基準法第16条には、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」と明記されていますので、予め、誓約書等で損害賠償額を定めることは違法無効になります。 
    もっとも、労働基準法第16条は、使用者が労働者に対して現実に発生した損害の賠償を請求することを禁止するものではないと解されていますので、従業員に故意又は過失がある場合には、現実に発生した損害の限度で、損害賠償請求をすることは可能です。但し、裁判になった場合には、賠償額が制限される傾向にあり、労働者に故意(悪意)や重過失があった場合を除き、従業員に対して、損害の全額を請求することができない場合がありますので注意が必要です。あくまで、具体的事案に応じて、責任の有無、範囲が決せられることになります。従業員の落ち度が大きい場合には、責任も大きいといえますし、これに対して、会社側にも落ち度がある場合には従業員の責任は小さくなるのです。

  • 社員の業務上のミスに備えて、リスクマネジメントの観点からは、どのような対策が考えられますか。

    使用者のリスクマネジメントの観点からは、損害の発生を防止するための抑止策として、従業員との間で、損害賠償に関する取り決めをすることが有益な場合もあります。裁判例でも、現実の損害の発生を要件とし、しかも賠償額の上限を現実の損害額とし、一定の場合には賠償額の上限を限定する旨の取決めを有効であるとしたものがありますので、従業員に対して注意喚起し、損害の発生を防止するための抑止策として、このような取決めについても慎重に検討して良いと考えます。

  • 社員が勤務時間中に頻繁に私用メールを送受信しているようですが、どのように対応すれば良いのでしょうか。

    従業員は、職務時間中、職務に専念し、他の私的活動をしてはなりません。これを職務専念義務といいます。勤務時間中の私用メールは形式的には職務専念義務に違反することになりますが、私用メールが全て職務専念義務に違反するとは解されていません。裁判例でも、会社において勤務時間中に私用メールを明確に禁止する規定がなかったケースで、勤務時間中に従業員が送受信したメールは1日あたり2通程度であり、それによって会社の職務執行に支障を来したとか、会社に過度の経済的負担をかけたとは認められず、社会通念上相当な範囲にとどまるから、職務専念義務に違反したとはいえないとしたものがあります。要するに、程度の問題であり、勤務時間中の私語などと同じということです。仮に、1日数十件ということになると、会社の職務執行に支障を来すと言えるのではないかと思われます。

  • 私用メールを禁止するにはどうしたら良いのでしょうか。

    仮に、私用メールを禁止する規定がない場合は、前問のとおり、職務専念義務違反の有無を問題にせざるを得ません。職務専念義務との関係では、私用メールは私語と同様ということになります。しかしながら、私用メールの送受信により、会社の情報が流出したり、その使用態様によっては会社の信用が害される危険性もありますので、私語と同様とはいえない面もあります。そこで、就業規則等において、私用メールを禁止する旨の規定を定め、従業員に周知させておいたほうが良いと考えます。
    そして、私用メールが発覚した場合には、事情聴取や注意をするなどの対応を行い、問題行為を放置しないことが重要であると考えます。裁判例でも、問題行為を放置してきたことを懲戒処分を否定する理由の一つとしているものがあります。後日に備えて、注意や警告については、書面で行ったほうが良いです。
    さらに、私用メールを巡るトラブルを予防するためには、私用メールの禁止規定を制定して周知させるほかに、会社が従業員のメールを閲覧(モニタリング)できる旨の規定を制定し、あわせて従業員に周知させておいたほうが良いと考えます。メールについて述べてきましたが、WEBサイトについても同様です。

  • 退職した元従業員から、在職中の賃金カットに納得がいかないので、カット分を支払ってほしい旨の請求書が届きました。

    賃金の減額には労働者の同意が必要です。裁判例では、賃金の減額について、「わかりました」と述べた労働者の返答は、「会社からの説明はわかった」という程度の意味であって、賃金の減額に同意したとは認定できないとしたものがあります。また、別の裁判例では、使用者が賃金の減額について労働者から承諾の書面を求めなかったことについて、黙示の承諾の事実を認定するには、書面等による明示的な承諾を求めなかったことについての合理的理由の存在が求められるとしたものがあります。
    裁判例を踏まえると、最低限、賃金の減額についての承諾書を取り付けておくべきであると考えます。後日の紛争を予防するために賃金の減額を行う場合には、その必要性、相当性、減額の手続や承諾書の文言等について、弁護士に相談するなどして、事前に十分に検討する必要があります。
    承諾書がない場合は、同意の立証は容易ではありませんので、立証の方法等について弁護士にご相談ください。

  • 営業職で採用した社員について、営業に向いていないことから総務職へ異動させたいのですが、可能でしょうか。

    配転の可否が問題になります。配転には、勤務地の変更を指す「転勤」と、職務内容の変更を指す「配置転換」があります。学説上、配転命令権は、契約上の根拠が必要であるとの立場もありますので(判例は立場を明らかにしていません。)、実務上は、就業規則において、配転についての一般的な条項を定めることになります。
    <規定例>
    第〇条(配転)
    会社は業務上の必要がある場合は、転勤、配置転換を命ずることがある。
    2 前項の命令を受けた従業員は、正当な理由がなければこれを拒むことはできない。

  • 勤務地を限定する旨の合意があった場合に、配転を命ずることはできますか。

    労働働契約上、勤務場所を限定する旨の合意があった場合には、当該合意が優先しますので、一方的に転勤を命ずることはできません。当該合意は、明示のみならず、黙示の合意でも有効です。明示又は黙示の合意については、求人票や求人広告の記載、面接での説明や言動、労働契約書の記載に十分注意する必要があります。また、例えば、現地の工場で採用された工員や、パートタイマーの事務補助職等については、勤務場所限定の黙示の合意があったと認定される可能性がありますので、疑義を生じさせないためには、労働契約書に、勤務場所を変更する可能性があることを明示しておいたほうが良いと考えます。

  • 職種を限定する旨の合意があった場合に、配転を命ずることはできますか。

    労働契約上、職種を限定する旨の合意があった場合には、当該合意が優先しますので、一方的に配置転換を命ずることはできません。当該合意は、明示のみならず、黙示の合意でも有効です。特殊の技術、技能、資格を有する者については、職種の限定があるのが通常であると考えられますので注意が必要です。配置転換の可能性がある場合には、労働契約書において配置転換の可能性があることについての個別合意をしておいたほうが良いと考えます。

  • その他に、配転命令権が認められない場合はありますか。

    判例により、①業務上の必要性が存在しない場合、②業務上の必要性が存在する場合であっても、他の不当な動機、目的をもってなされたものであるとき、③業務上の必要性が存在する場合であっても、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときは、配転命令は権利濫用により無効になります。
    もっとも、①の業務上の必要性については、余人をもって代えがたいという高度なものであることまで要求されておらず、広い裁量が認められています(例えば、労働力の適正配置、業務運営の効率化、業務能率の増進等々)。②に関連して、例えば、労働者を退職に導く意図でなされた配転命令等は無効になります。また、③に関連して、これまで権利濫用と認められた配転命令の多くは、従業員に要介護状態の老親や病気の家族がいる場合で、これらの者の介護や世話をしている従業員に対する遠隔地への転勤命令のケースです。本人が病気で治療中の場合にも注意が必要です。また、育児介護休業法には、労働者の配置について、使用者の配慮義務が定められていますので(育児介護休業法第26条参照)、育児介護に関する不利益にも注意する必要があります。

  • 配転に伴い、社員の給料を下げることはできますか。

    まず、各種手当についてですが、職務内容に応じて各種手当が支給されている場合には、職務内容の変更に伴う手当の変更も有効であると考えられます。例えば、就業規則(賃金規程等)により、営業職に対して営業手当が支給されている場合において、営業職から総務職への異動により、営業手当を減額することは有効であると考えます。これに対し、各種手当が職務内容に関連せずに支給されている場合には、単に職務内容の変更に応じて各種手当を減額することはできないと考えます。
    次に、基本給の減額についてですが、単なる職務内容の変更に伴い、基本給を減額することはできないと考えます。基本給の減額は降格と評価できますので、降格の要件を満たす必要があります。また、降格による賃金の減額は、就業規則(賃金規程等)において定められた賃金体系と基準に従って行われることが必要です。賃金規程に基づかない大幅な減額はできません。

  • 社員を降格させ、基本給も減額したいのですが、降格が認められるための要件を教えてください。

    降格には、主に、①役職の降格、②職能資格・等級の引下げがあります。まず、①の役職の降格、すなわち、一定の役職を解く降格について、裁判例は、人事権の行使として裁量的判断により可能であるとしています。したがって、例えば、役職手当が支給されている場合に、役職の降格により、役職手当を減額することは有効であると考えられます。もっとも、相当な理由のない降格で、賃金が相当程度下がるなど本人の不利益が大きい場合には、権利濫用法理により降格、賃金の減額が無効とされる可能性はあります。
    次に、②の職能資格・等級の引下げについては、賃金が職能資格や等級に連動している場合において、職能資格や等級を引き下げることにより、賃金が減額されます。まず、職能資格や等級は、企業内での技能や経験の積み重ねによる職務能力の到達レベルを表すものであることから、原則として引下げは予定されていないといえますので、そのような降格を行うためには、就業規則(賃金規程等)において、職能資格や等級の引下げがありうることを明記しておく必要があります。そのうえで、職能資格や等級を引き下げる際には、合理的な評価に基づいて行う必要があります。著しく不合理な評価に基づいた場合には、権利濫用法理により職能資格や等級の引下げが無効とされる可能性があります。なお、職務等級制(ジョブ・グレード制)や役割等級制における賃金の減額についても、就業規則(賃金規程等)の手続に基づいて行われる限り、人事権の行使として裁量的判断により可能であると解されます。
    裁判例は、就業規則に根拠規定がなくても人事権の行使として裁量的判断により降格は可能であるとしていますが、労働者にとって不利益になる場合がありますので、トラブルを防止するために、就業規則に降格規定を設けておいたほうが良いと考えます。
    <規定例>
    第〇条 会社は、社員に勤務成績不良などの職務不適格の事由があると認める場合には、人事権に基づき、役職罷免、役職や職位の引下げ、職務資格制度上の資格の引下げ、職務・役割等級制度上の等級の引下げなどの降格を命じることがある。
    2 前項の場合、賃金については、降格後の役職や職位、職務資格、職務・役割等級に応じて減額されることがある。

05

社員の体調管理に関する労務問題

  • 社員から、うつ病のため、しばらく休みたいとの申入れがありましたが、どのように対応すれば良いでしょうか。うつ病になったことを理由に、辞めてもらうことはできるのでしょうか。

    まずは、休職制度で対応することになります。休職は、社員に働くことができない又は働くことに不適当な事由が生じた場合に、会社が、その社員に対し、労働契約関係自体は維持しつつ、労務への従事を免除し、又は禁止することをいいます。主要なものとしては、病気休職の制度があります。これは、業務外の病気による欠勤が一定期間に及んだ場合に適用され、休職期間中に回復し就業が可能になれば休職は終了し復職となるが、休職期間中に回復しない場合には退職又は解雇になるというものです。休職制度の目的は、解雇の猶予にありますので、直ちに解雇することによるトラブルの予防に役立つ制度といえます。
    休職制度は法律上の制度ではありませんので、休職制度を定めるためには、就業規則に明記する必要があります。近年は、うつ病などのメンタルヘルス不全が増加していると言われていますので、これらに適切に対応するためにも、休職制度の整備、規定の見直しを検討しましょう。

  • 休職制度についてはどのように定めれば良いのでしょうか。

    休職制度を設けるためには就業規則に規定する必要があります。就業規則作成の留意点は以下のとおりです。
    ①業務外の傷病に限る。
    業務上の傷病の場合は解雇制限があります(労働基準法第19条)。
    ②休職期間中に治癒の見込みのない社員は対象外にする。
    このような社員は解雇を猶予する必要がないといえるからです。
    ③復職の要件である「治癒」の定義を定めておく。
    「従前の職務を通常程度に行える健康状態にまで回復したとき」とするなど、内容を明確に定めておきましょう。もっとも、裁判例では、より軽易な業務には就くことができ、そのような業務での復職を希望する者に対しては、使用者は現実に配置可能な業務の有無を検討する義務があると判示したものがありますので、注意が必要です。
    ④治癒したら社員に診断書を提出させるほか、使用者が、診断書を作成した主治医に事情聴取でき、社員がこれに協力する義務や、必要に応じて会社が指定する医師の診断を受ける義務を定める。
    これは、治癒の判断を客観的かつ合理的に行うために必要な規定です。社員が受診を拒んだ場合には、主治医の診断書を復職判断の材料にしない旨の規定も検討しましょう。
    ⑤休職が繰り返される場合に備えて、復職後に同一又は類似の事由により通常の労務提供ができなくなった場合には、復職を取り消して休職を命じることができ、その場合は、休職期間は復職前の休職期間と通算する旨の規定を設けておく。
    このような規定がないと、休職が繰り返された場合、休職期間満了による退職・解雇を実施することが困難になる場合があります。
    ⑥休職期間中の給料が無給であること、勤続年数に算入しないことを規定する。
    このような規定がないと、休職期間が、年次有給休暇の付与日算定のための勤続日数に算入されてしまいます。

  • 社員のメンタルヘルス不全に対応するためにはどのような規定が必要なのでしょうか。

    まず、休職の事由、休職の期間については、通常は、欠勤してから直ぐに休職扱いにするのではなく、一定期間(例えば1か月くらい)様子を見てから休職を開始するのが一般的ですが(規定例の1項(1)参照)、メンタルヘルス不全の場合は、休んだり休まなかったりという状態が続く場合もありますので、そのような場合にも休職扱いにできる規定にしておいたほうが良いと考えます(規定例の1項(2)参照)。また、この他にも休職させることが適当であると認められる場合も考えられますので、会社の判断で休職を命じられる規定を設けておいたほうが良いと考えます(規定例の1項(3)参照)。もっとも、休職期間中に治癒の見込みがない場合にまで、休職制度を適用するのは相当ではないと考えられますので、除外規定を設けておいたほうが良いと考えます(規定例の1項但書参照)。関連して、治癒の意味を明確にする規定を設けておいたほうが良いと考えます。
    次に、休職期間については、1年から3年の間で決めている例が多いと言われていますが、休職期間が長いと負担も大きくなりますので、注意が必要です。中小企業で年単位の休職期間を定めるのは現実的ではないと考えます。例えば3か月とするなど、各社の実情に応じて休職期間を定めたほうが良いと考えます(規定例の2項参照)。
    また、メンタルヘルス不全の場合は、復職後の再発があり得ますので、そのような場合に対応するための規定を設けておいたほうが良いと考えます(規定例の3項、4項参照)。そのうえで、個別具体的ケースで妥当性を欠く場合には、規定例1項(3)による休職とする方法などにより柔軟に対応することが考えられます。
    <規定例>
    第〇条(休職)
    会社は、従業員が次の各号の一に該当するときは、休職を命ずることがある。但し、業務外の傷病による場合は、その傷病が休職期間中に療養で治癒(従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復すること)する蓋然性が高いものに限る。
    (1)業務外の傷病により、欠勤が継続、断続を問わず1か月(欠勤中の休日も含む。)に達したとき
    (2)業務外の傷病により、完全に業務の遂行ができず、その回復に相当の期間を要すると会社が判断したとき
    (3)前号の他、休職させることが適当であると会社が判断したとき
    2 前項の休職期間は次のとおりとする。
    1号、2号の場合は3か月。
    3号の場合は必要な期間。
    3 復職後3か月以内に同一又は類似の傷病により欠勤するときは、欠勤開始日より休職とし、休職期間は復職前の休職期間と通算する。
    4 業務外の傷病による休職は、前項の場合を除き、同一又は類似の傷病について1回限りとする。

  • 休職中の賃金、社会保険料等についてはどのように取り扱えば良いのでしょうか。

    まず、賃金は、労働の対価ですので、休職中の賃金は無給が原則になります。次に、社会保険料についてですが、休職中であっても社会保険料は発生しますので、本人負担分の保険料を支払ってもらう必要があります。就業規則に規定するまでもないとも考えられますが、保険料の負担について社員に説明しておくことが、トラブルを防止するために重要です。
    その他の取扱いとしては、業務外の傷病による休職の場合、会社において、社員の状態を把握するために、定期的な経過報告の規定を盛り込んでおいた方が良いと考えます。また、勤続年数は、通常、有給休暇や退職金の算定基準になりますので、勤続年数への参入、不算入を明確にする必要があります。
    <規定例>
    第〇条(休職中の取扱い)
    前条の休職期間中は原則として無給とする。
    2 業務外の傷病により休職した社員は、会社が認め又は指定した医師の診断を受け、その経過を1か月ごとに会社に報告しなければならない。
    3 休職期間は勤続年数に含めないものとする。

  • 復職の条件や手続について教えてください。

    復職については、医師の診断を参考にしつつも、復職の判断は会社が行うことになります。社員の主治医のみならず、必要に応じて、会社の指定する医師の意見を聞く必要もあり得ますので、そのような規定を盛り込んでおいたほうが良いと考えます。
    次に、復職後の職務内容については、原職復帰を原則としますが、原職復帰が相当でない場合も考えられますので、元の業務に戻れるとは限らないことを明示しておいたほうが良いと考えます。
    <規定例>
    第〇条(復職)
    休職期間満了までに休職事由が消滅したときは、社員は、速やかに復職願を提出しなければならない。休職の事由が業務外の傷病による場合は医師の診断書を復職願に添付しなければならない。この場合、会社が必要であると認めたときは、社員に会社の指定する医師による診断を命ずることがある。
    2 会社は、休職期間満了までに休職事由が消滅した場合で、会社が復職可能であると認めた場合は、復職させるものとする。但し、必要に応じて原職と異なる業務へ復職させることもある。

  • 休職期間の満了までに復職できない場合の取扱いを教えてください。

    休職期間満了までに復職できない場合は、自然退職となることを明示しておく必要があります。
    <規定例>
    第〇条(休職期間満了後の退職)
    休職期間満了までに休職事由が消滅しない場合は、休職期間満了日をもって自然退職とする。

  • メンタルヘルス不調労働者を出さないための予防策等について教えてください。

    まず、事業者は、一般労働者に対し、雇い入れ時や1年以内に1回、健康診断を行わなければならず(労働安全衛生法第66条第1項参照)、また、一定の有害業務に従事する労働者に対し、特殊健康診断を行わなければなりません(労働安全衛生法第66条第2項参照)。これに対し、労働者には健康診断の受診義務があります(労働安全衛生法第66条第5項)。もっとも、労働者には医師選択の自由が認められています(同法第5項但書き)。健康診断を拒否する労働者については、業務命令違反として懲戒の対象とすることも検討しなければなりません。
    次に、事業者は、健康診断の結果を記録しておかなければなりません(労働安全衛生法第66条の3)。保存期間は5年間です(労働安全衛生規則第51条)。なお、健康診断の結果については、個人情報の取扱いに注意する必要があります。
    また、事業者は、健康診断実施後の措置として、医師又は歯科医師の意見を勘案し、必要と認めるときは、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講じるほか、作業環境の転換、施設・設備の設置・整備その他の措置を講じなければなりません(労働安全衛生法第66条の5)。したがって、これに対応して、就業規則において、健康状態に応じた配置転換などができるように規定しておく必要があります。
    <規定例>
    第〇条(健康診断)
    会社は、法令の定めるところにより、社員に対し年1回定期に健康診断を行う。※特殊健康診断が必要な場合には適宜記載する。
    2 会社は、前項の健康診断の結果を保管し、原則として、本人の承諾なく開示しない。
    3 社員は、第1項の健康診断を受けなければならない。但し、社員が自ら希望する医師により第1項の健康診断に相当する健康診断を受け、その結果を証明する書面を提出したときはこの限りではない。
    4 会社は、健康診断の結果、医師の意見を踏まえ、必要と認めるときは、就業場所の変更、作業の転換、就業時間の短縮その他健康確保上の必要な措置を命ずることがあり、社員はこれに従わなくてはならない。

06

ハラスメントに関する労務問題

  • パワハラ(パワー・ハラスメント)とは何ですか。

    一般に、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいいます(厚生労働省のWG報告参照)。パワハラは非常に幅の広い概念です。

  • パワハラの問題点は何ですか。

    パワハラの問題点は、①労働者の尊厳や人格を侵害し、仕事への意欲や自信の喪失、心の健康の悪化を引き起こすこと、②周囲の人にも悪影響を及ぼし、職場全体の生産性を低下させること、③パワハラを行った人も懲戒処分や訴訟リスクを負うこと、④企業にとっても、人材の喪失、訴訟リスク、企業イメージの失墜といったレピュテーションリスクに晒されるなどの問題点があります。

  • パワハラの具体例を教えてください。

    パワハラの具体例は、①身体的な攻撃(暴行・傷害)、②精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)、③人間関係からの切り離し(隔離・仲間外れ・無視)、④過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)、⑤過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)、⑥個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)が挙げられます。このうち、①は論外であり、②、③も「業務上の適正な範囲」を超えるものです。④⑤⑥は、業務上の適正な注意・指導との線引きが容易ではない場合があります。

  • 適正な指導・注意か、パワハラかの判断基準を教えてください。

    注意・指導の場面において、それが業務の適正の範囲内の注意・ 指導か、パワハラかの判断に困ることは珍しくありません。パワハラが起こりうるケースは、部下の業務態度や業務成績が芳しくなく、上司が繰り返し注意・指導しても改善されないような場面です。まず、暴力、感情をむきだしにした威嚇・威圧、業務指導とは全く関係のない嫌み、人格攻撃はパワハラに当たります。他方で、部下が、上司の注意・指導に不快を感じるだけではパワハラには当たりません。
    適正な注意・指導はパワハラに当たりませんので、人格ではなく、改善すべき具体的な行為に焦点を当てて、注意・指導を行うことが必要です。また、注意・指導の方法や態様にも注意する必要があります。書面を交付するという方法も有効です。上司には、業務上、部下を管理監督する義務がありますので、パワハラと言われるのを恐れて部下に対する注意・指導を行わないのは、管理監督責任の放棄とされかねません。

  • セクハラ(セクシャル・ハラスメント)とは何ですか。

    厚生労働省の資料によると、職場におけるセクシュアルハラスメントは、「職場」において行われる、「労働者」の意に反する「性的な言動」に対する労働者の対応により労働条件について不利益を受けたり、「性的な言動」により就業環境が害されることをいいます。職場におけるセクシュアルハラスメントには、同性に対するものも含まれます。

  • 宴会の場も「職場」に含まれますか。

    宴会の場であっても、実質上職務や業務の延長と評価されるものは「職場」に含まれると解されています。職務との関連性、参加者の属性、強制か任意か等を踏まえて個別に判断することになります。

  • 「性的な言動」とはどのようなものですか。

    ①性的な内容の発言(例えば、性的な事実関係を尋ねること、性的な内容の情報(噂)を流布すること、性的な冗談やからかい、食事やデートへの執拗な誘い、個人的な性的体験談を話すことなど)、②性的な行動(性的な関係を強要すること、必要なく身体へ接触すること、わいせつ図画を配布・掲示すること、強制わいせつ行為、強姦など)が、これに当たります(厚生労働省のパンフレット参照)。

  • パワハラ、セクハラを行った当事者の責任を教えてください。

    ①民事上の不法行為責任(民法709条)
    パワハラ、セクハラを行った本人は、これを受けた労働者の権利の侵害や損害を発生させたと認められる場合、不法行為責任(民法709条)を負います。
    ②刑事上の責任
    その態様によっては、刑事責任(暴行、傷害、名誉棄損、侮辱、強制わいせつ等)を問われる場合もありえます。
    ③懲戒処分
    就業規則に基づいて懲戒処分を受ける可能性があります。

  • パワハラ、セクハラがあった場合の使用者(会社)の責任を教えてください。

    ①債務不履行責任(安全配慮義務違反)、②不法行為責任、③使用者責任を負います。

  • 債務不履行責任(安全配慮義務違反)とはどのような責任ですか。

    使用者は、雇用契約上の債務として、労働者の生命及び身体等に対する安全配慮義務(労働契約法5条参照)を負っており、その安全配慮義務の一内容には、労働者が就労するのに適した職場環境を保つよう配慮する義務が含まれますので、   義務違反(不作為を含む。)が認められれば、労働者に対する債務不履行(民法415条)を構成し、損害賠償責任を負います。

  • 不法行為責任とはどのような責任ですか。

    使用者の行為態様が、その権限(業務命令権、人事権)の範囲の逸脱、濫用と評価されれば、労働者に対する不法行為(民法709条)を構成し、損害賠償責任を負います。

  • 使用者責任とはどのような責任ですか。

    例えば、上司の言動が不法行為と認定され、それが使用者の事業執行についてなされた場合には、使用者責任(民法715条)を問われ、損害賠償責任を負います。

  • パワハラ、セクハラに対する使用者の義務を教えてください。

    使用者は職場環境配慮義務を負います。具体的には、①調査義務(迅速な調査、適切な調査)、②被害拡大回避義務(自殺防止回避義務、解雇回避義務、退職回避義務)、③再発防止義務、④職場復帰支援義務を負うものと解されています。

  • パワハラ、セクハラの予防のための取組みを教えてください。

    主な取組みとしては、①企業のトップが、職場のパワハラ、セクハラを職場からなくすべきであることを明確に示すこと、②就業規則本文中に、パワハラ、セクハラの禁止規定を定め、併せて懲戒規定と連動して適用するなど、ルールを決めること、③従業員アンケートを実施するなどして実態を把握すること、④研修を実施すること、⑤組織の方針や取組について周知・啓発を実施することが考えられます。

  • パワハラ、セクハラの対策のための取組みを教えてください。

    ①相談や解決の場を設置すること(相談窓口の設置。外部専門家との連携。相談者に対する不利益取扱いの禁止と周知。プライバシーへの配慮。)、②再発防止に向けた研修を行うことなどが考えられます。キーワードは「人格の尊重」です。

  • パワハラ、セクハラで訴訟を提起されました。どのように対応すればよいですか。

    当事者の供述の信用性、当該行為の違法性の有無、パワハラの防止・是正のために会社として講じた措置の内容等が争点になります。争点について対応策を検討することになります。

  • 対応策を検討するうえで、何が重要になりますか。

    事実関係の確認、証拠の有無、証拠の内容が重要になります。関係者に対する丁寧な事情聴取が必要になります。

  • パワハラ、セクハラについて、弁護士に相談することは可能ですか。

    可能です。

  • パワハラ、セクハラの訴訟対応を弁護士に依頼する場合、費用はどのくらいかかりますか。

    事務所の民事訴訟の基準をご参照ください。
    民事訴訟

  • セクハラを行った労働者を出勤停止の懲戒処分にしたところ、①これまで被害者からの被害申告がなかったこと、②処分に先立って会社から事前の警告や注意がなかったことを理由に、処分が酷に過ぎると訴えられました。

    判例によりますと、①セクハラ行為については、被害者からの抗議や被害申告がなかったからといって、許されるものではありません。また、②セクハラ行為に基づく懲戒処分については、被害の申告を受ける前の時点において、会社がセクハラ行為を具体的に認識して警告や注意等を行い得る機会があったとは認められない場合は、処分に先立って会社から事前の警告や注意がなくても懲戒処分は許容され得るとされています。セクハラに対する懲戒処分については、セクハラの有無、処分の相当性等を十分に吟味する必要がありますので、事前に弁護士にご相談ください。

07

退職に関する労務問題

  • 先日社員が退社しましたが、業務の引継ぎが十分にされておらず、困っています。

    退職時はトラブルが多く発生しがちですので、予め、退職時のルールを就業規則で明確にしておくことが必要であると考えます。

  • 退職時のルールを就業規則でどのように定めれば良いのでしょうか。

    まず、自己都合により退職する場合には、退職届を必ず提出させて、退職日と退職事由とを明確にしておく必要があります。口頭での申出では、不明確になりますので、必ず書面を提出させるべきであり、その旨就業規則に明記しておきます。業務への引継ぎを考えて、1か月前には退職届を提出してもらうように規定したほう良いと考えます。もっとも、民法上は、申入れの日から2週間経過後に雇用契約が終了すると規定されており(民法627条1項参照)、これに反する定めは効力を有しないとする旨の裁判例があります。あくまで社員の協力を得て1か月前に退職届を提出してもらうということになります。
    次に、業務の引継ぎが十分に行われないと、会社の業務に支障が生じてしまいますので、必要事項の引継ぎを完全に行う旨の規定を盛り込むとともに、違反した場合のペナルティーを盛り込んでおいたほうが良いと考えます。なお、有給休暇の申請があった場合には、認めざるを得ません。対策としては、日頃から、計画的に有給休暇を消化させておくという方法があります。
    さらに、退職に際しては、業務記録や顧客情報等が持ち出されるケースがあり得ますので、これを禁止する旨就業規則に明記しておきます。また、パソコンで作成したデータや電子メールの履歴などの電子情報も会社のものですので、現状のまま返還させるべきです。その他、貸与品等を返還させる旨の規定を盛り込みます。また、会社からの借入金等の債務についても、期限を区切って返還させる旨の規定を盛り込みます。
    <規定例>
    第〇条(退職手続)
    社員が自己の都合で退職する場合は、退職日の1か月前までに会社所定の退職届を提出しなければならない。
    2 社員は、退職日までは業務に従事するとともに、退職日までの間に、所属長の指示に従い、業務上の必要事項の引継ぎを完全に行わなければならない。この規定に違反した場合は、懲戒の対象とする。
    3 社員は、パソコンのデータ、パソコン又は携帯電話の電子メールの履歴(住所録等を含む。)、その他の業務記録など一切の業務に関する記録、資料を、会社の許可なく、削除又は廃棄してはならない。この規定に違反した場合は、懲戒の対象とする。
    第○条(貸与品等の返還)
    社員は、退職日から7日以内に、会社が返還を求めた貸与品等を会社に返還しなければならない。また、社員は、会社に債務がある場合には、退職日までに全てを履行しなければならない。

  • 退職した元社員が、ライバル会社に就職し、当社の顧客に営業をかけています。何か良い対応方法はありますか。

    労働契約終了後は労働者には職業選択の自由があります。もっとも、何をやっても許されるというものではありません。裁判例によると、元従業員の競業行為が、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で使用者の顧客を奪取したとみられるような場合には、その行為は使用者に対する不法行為に当たり、損害賠償を請求できるとされています。具体的には、①技術情報や顧客名簿等を利用した場合、②取引相手に使用者に係る虚偽の事実を告げて顧客を奪取した場合、③従業員多数を引き抜いた場合等が挙げられます。逆に、不法行為が否定されるケースとしては、①社内紛争を理由に従業員が退職して競業に至った場合、②退職から半年以上期間が経ってから競業行為を開始した場合、③使用者と競合する取引先との取引をコンペで受注した場合、④営業秘密に係る情報を用いたり、その信用をおとしめたりするなどの不当な方法で営業活動を行ったものではない場合等が挙げられます。また、裁判例では、営業秘密に当たるといえない程度の情報や人間関係を利用しただけでは、自由競争の範囲を逸脱しているとはいえないとしたものがあります。ケースバイケースの判断になりますので、まずは、事実関係を調査する必要があります。

  • 退職した元社員が、在職中に、接待交際費を水増しして経理部に請求し、受領していたことが判明しました。今から懲戒解雇は可能でしょうか。

    懲戒処分は、労働契約関係を前提にするものですので、会社が元社員に対して、懲戒処分を行うことはできません。不正行為が発覚した際に退職届が提出された場合、そのまま退職届を受理して退職を認めてしまうと、懲戒処分をすることはできなくなりますので、懲戒処分をしようとする場合は、退職届を受理せず、懲戒処分の手続を行う必要があります。もっとも、期間の定めのない雇用契約においては、労働者は2週間の予告期間を置けばいつでも契約を解約できますので(民法627条1項)、退職届が提出された場合には、速やかに懲戒処分の手続をしないと、懲戒処分の前に退職日が到来してしまいます。

  • 退職した元社員が、在職中に、接待交際費を水増しして経理部に請求し、受領していたことが判明しました。退職金を支給しないことは可能でしょうか。

    退職金は、一般に「賃金の後払い」とともに、功労報償的性格をも有していると解されていますので、就業規則に予め規定することにより、その功労を抹消するような背信行為があった場合には、退職金の不支給又は減額が認められます。退職後に懲戒解雇事由に相当する行為が判明した場合でも、退職金の不支給や減額を可能にするためには、以下のような規定が相当であると考えます。また、既に支払った退職金の返還を求めるためには、以下のような返還規定を設けておくべきであると考えます
    <就業規則の規定例>
    第〇条 懲戒解雇された者、または懲戒解雇事由に相当する背信行為を行った者には、退職金の全額を支給しない。ただし、情状により一部減額して支給することがある。
    <退職金返還規定の例>
    第○条 従業員が退職又は解雇された後に、その在職期間中に第〇条(退職金不支給事由)に該当する事実があったことが明らかになったときは、会社は当該従業員に対し既に支給した退職金の返還を求めることができる。

  • 行方不明などの長期無断欠勤者に対応するには、どうしたら良いのですか。

    就業規則で、自然退職となる規定を整備しておくことが考えられます。自然退職とは、社員に退職の意思があるかどうかにかかわらず(退職の意思を確認できない場合も含みます。)、一定の事由に該当すれば当然に雇用契約が終了するというものです。自然退職の例としては、定年退職や休職期間満了による退職があります。全く連絡がとれない無断欠勤者に対応するために、就業規則で無断欠勤を自然退職事由とすることが有効であると考えます。そうすることにより、一定期間無断欠勤が続けば自然退職となり、解雇の意思表示を要せずに、当然に雇用契約が終了することになるからです。
    <規定例>
    第〇条(退職事由)
    社員が次の各号の一に該当する場合は、その日をもって退職(自然退職)とする。
    (1)死亡したとき
    (2)会社に届出のない欠勤が、欠勤開始日から連続14日間に及んだとき
    (3)定年に達したとき
    (4)自己の都合により退職を願い出て、会社の承認を得たとき
    (5)期間を定めて雇用した者の雇用期間が満了したとき
    (6)休職期間が満了し、復職できないとき

08

解雇に関する労務問題

  • 解雇のルールを教えてください。

    解雇とは、会社が従業員との雇用契約を一方的に打ち切ることをいいます。この場合、従業員は雇用契約の終了に同意しているとは限りませんので、解雇が有効か無効かというかたちで、雇用契約終了の効力が争われることがあります。
    手続上、解雇の予告は少なくとも30日前に行うか、30日前に行わない場合は30日分以上の平均賃金を支払わなければならないというルールがあります(労働基準法第20条)。もっとも、「労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合」は、労働基準監督署長の認定を受ければ、即時解雇が認められます(これを除外認定といいます。)。しかしながら、除外認定は厳しく運用されており、認定を受けることは容易ではありません。

  • 解雇予告を守れば、解雇は自由に可能なのですか。

    労働基準法第16条は「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と規定しています。
    これを解雇権濫用の法理といい、解雇することに「客観的に合理的な理由」があること、解雇することが「社会通念上相当である」といえることが必要になります。

  • 就業規則にどのように解雇事由を定めれば良いのですか。

    普通解雇事由を含む「退職に関する事項」は就業規則の絶対的記載事項ですので(労働基準法第89条3号)、普通解雇事由はできるだけ個別具体的に定めておいたほうが良いです。
    <規定例>
    第〇条(解雇)
    社員が次の各号の一に該当した場合は、解雇する。
    (1)精神又は身体の障害により業務に堪えられない、又は完全な労務の提供ができないと会社が認めたとき
    (2)能力不足又は勤務成績が不良で、改善の見込みがないと会社が認めたとき
    (3)社員が特定の地位、職種、一定の能力の発揮を条件として採用された場合において、その能力や適格性が欠けると会社が認めたとき(※1)
    (4)勤務態度が不良で、改善の見込みがないと会社が認めたとき
    (5)協調性、責任性、規律性を欠き、他の社員の業務遂行に悪影響を及ぼすと会社が認めたとき
    (6)社員に懲戒解雇に該当する事由があるとき(※2)
    (7)事業の縮小、廃止その他やむを得ない業務上の都合があるとき
    (8)天災事変その他やむを得ない事由により、事業の継続が困難になったとき又は雇用の維持が困難になったとき
    (9)その他前各号に準ずる事由があるとき(※3)

    ※1 特定の地位、職種、一定の能力の発揮を条件として入社した社員については、その職責上、一般社員よりも厳しい勤務評価がなされますので、一般社員よりも解雇が認められやすくなると考えます。このような規定があることを社員に明示しておくことで、中途採用者に関するトラブル防止にも有効であると考えます。
    ※2 懲戒解雇のハードルは高いですので、懲戒解雇に該当する場合でも、普通解雇ができるように規定しておくことが相当であると考えます。
    ※3 解雇事由は個別具体的に定めることになりますが、隙間的な事案や想定外の事由が生じることもありますので、このような包括条項を規定しておくことが相当であると考えます。

  • 試用期間中、試用期間終了時に解雇することはできますか。

    試用期間中であっても労働契約が成立していますので、自由に解雇することはできません。解雇が、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、解雇は無効とされます(労働契約法第16条)。試用期間は、社員の能力や適格性を判定する期間ですので、通常の解雇に比べて、会社に広い解約権が認められるということはありますが、自由に解雇できるということではありません。
    解雇する前提として、解雇事由を就業規則に具体的に規定し、どのような場合に解雇されるのかを社員に周知する必要があります。解雇事由としては、勤務態度・勤務成績の不良、勤務能力の欠如、経歴詐称などが考えられます。勤務態度・勤務成績の不良や、勤務能力の欠如が認められた場合であっても、これを指導、教育することなく解雇するのは、解雇の相当性を欠くと認められる可能性があります。会社が社員に対して必要な指導、教育を行ったが、それでもなお改善が見られず、適格性がないと判断せざるを得ない場合に、解雇を行うという姿勢が必要です。
    また、後日に備えて、解雇事由に関して指導や教育を行ったことを証拠化しておいたほうが良いと考えます。口頭での指導や教育のみでは、言った言わないの水掛け論になりますので、注意してください。
    <規定例>
    第〇条(試用期間中の解雇)
    試用期間中の社員が次の各号のいずれかに該当し、会社が社員として不適格であると認めたときは、本採用せずに解雇する。
    (1)正当な理由なく欠勤、遅刻、早退を行うなど、出勤状況が悪いとき。
    (2)業務遂行能力、適性、勤務態度に問題があるとき。
    (3)業務に対する積極性、職場における協調性、労働意欲に欠けるとき。
    (4)入社前又は入社後に提出した書類に偽りがあったとき。
    (5)必要書類を提出しないとき。
    (6)身体又は精神の健康状態が悪いとき。
    (7)〇条の解雇事由又は〇条の懲戒解雇事由に該当したとき。
    (8)その他社員としてふさわしくない事由が存在するとき。

  • 能力不足や適格性の欠如を理由とする解雇は可能ですか。

    以下の点に留意する必要があります。
    (1)考慮要素について
    能力不足や適格性の欠如を理由とする解雇については、①当該労働契約上、当該労働者に求められている職務能力の内容、②当該職務能力の低下が、当該労働契約の継続を期待することができない程に重大なものであるか否か、③使用者側が当該労働者に改善矯正を促し、努力反省の機会を与えたのに改善されなかったか否か、④今後の指導による改善可能性の見込みの有無等の事情を総合考慮のうえ、事案に即してケース・バイ・ケースで判断することになります(参考裁判例:東京地裁平成24年10月5日判決参照)。また、配置転換をするなど解雇回避の措置を尽くしたのか否かについても考慮要素になり得ます。
    (2)当該労働者に求められている職務能力の内容について
    新卒の総合職・一般職と、特定のポストや職務のために上級管理職などとして中途採用された場合とでは、当該労働者に求められている職務能力に違いが生じます。後者の場合は、能力不足や適格性の欠如の程度は、労働契約で合意された能力、地位に相応しいものであったか否かの観点から緩やかに判断されることになります。この場合は、教育訓練や配置転換は問題にされないと考えられます。そこで、後者に該当する労働者を採用する立場からは、当該労働者に求められている職務能力の内容を明確にしておくことが大切になります。
    (3)職務能力の低下の程度について
    解雇が認められるためには、職務能力の低下の程度が重大なものである必要があります。人事考課が相対評価とされている場合には、相対評価が低い者は常に存在しますので、単に相対評価が低いというだけでは、解雇事由には該当しないと解されています。 職務能力の低下の程度が重大か否かについては、使用者側の主観ではなく、客観的に判断されることになりますので、これらを根拠づける客観的な証拠資料を作成、収集、保存しておくことが大切になります。
    (4)指導・注意、教育改善の機会等
    能力不足を理由とする解雇が正当化されるためには、使用者側において、指導・注意を尽くしたか、教育改善の機会を与えたのかという点が問題となります。したがって、使用者側においても、必要な措置を講じることはもちろん、後日に備えるために、客観的な証拠資料を作成、収集、保存しておくことが大切になります。

  • 協調性の欠如を理由とする解雇は可能ですか。

    単に性格のみを理由とする解雇は無効となります。協調性の欠如を原因として、業務の円滑な遂行について労働契約の継続を期待し難いほど重大な支障が生じる場合に解雇が有効になると解されています。裁判例では、会社批判等の問題行動を繰り返し、職場の人間関係の軋轢を招いた勤務態度の労働者の解雇が有効になった事例があります(東京地裁平成19年9月14日判決)。協調性の欠如や業務遂行への支障を根拠づける証拠資料の作成、収集、保存、使用者側の指導・注意の証拠資料の作成、収集、保存が大切になります。

  • 欠勤・遅刻を理由とする解雇は可能ですか。

    欠勤・遅刻の場合は、回数、程度、期間、態様、理由、勤務に及ぼした影響、注意指導内容、改善可能性等を判断要素として判断することになります。

  • 業務命令拒否を理由とする解雇は可能ですか。

    業務命令(配転・出向命令、時間外労働命令)が有効であれば、業務命令違反を理由とする解雇は、原則として有効になると考えられます。

  • 整理解雇は、どのような場合に可能ですか。

    ①人員削減の必要性があること、②解雇回避努力が尽くされたこと、③人選基準とその適用が合理的であること、④労働組合もしくは労働者と十分協議したことが必要になります。

  • 解雇の進め方を具体的に教えてください。

    (1)話し合いによる退職の可能性
    まずは、話し合いによる退職の可能性を検討することになります。解雇は、使用者による一方的な意思表示になりますので、労働者が解雇の有効性を争ってきた場合には、裁判で負けてしまうリスクがあります。また、裁判で勝てたとしても、紛争解決のために裁判費用や時間を要することになります。そこで、必要に応じて、解雇を通告する前に、話し合いによる退職の可能性を検討することも有効な方法です。
    (2)退職勧奨について
    次に、退職勧奨を検討します。退職勧奨とは、使用者が労働者に対して退職を勧めることをいいます。これに応じて、労働者から退職の通知があれば、労働契約は終了することになります。「〇〇の解雇事由が認められるものの、円満に退職したほうが双方にとって有益であると考えているので、退職を検討してもらいたい。」などと、解雇理由を丁寧に説明したうえで、誠実に協議を行うことになります。このような協議を経たうえで、労働者が自発的に退職するのであれば、解雇の有効性について紛争になることはないと思われます。もっとも、退職勧奨による退職も、いわゆる「会社都合による退職」にあたりますので、厚生労働省の助成金との関係では注意を要します。
    ※退職強要に注意
    退職勧奨は自由にできますが、行き過ぎると、退職強要という問題が生じます。労働者が退職勧奨に応じないことを表明しているにもかかわらず、執拗に退職を勧奨すると、退職強要となり、不法行為責任を問われる可能性があります。社会通念上、相当と認められる範囲を逸脱しないように注意する必要があります。
    ※退職届出の提出
    労働者が退職勧奨に応じた場合には、退職届出を提出してもらいましょう。退職理由について、「一身上の都合」とあるのを見かけますが、会社都合か本人都合かは実態に即して判断されますので、この文言に拘泥するのは相当ではありません。むしろ、コンプライアンスの観点からは、偽装自己都合退職と非難されないように注意する必要があります。
    (3)解雇予告
    退職勧奨に応じない場合、解雇の手続を行うことになります。解雇しようとする場合、原則として、使用者は少なくとも30日前に解雇予告をしなければならず、30日前に予告しない使用者は、30日分以上の平均賃金を支払わなければならないというルールがあります(労働基準法第20条)。言った、言わないということがないように、解雇予告は書面で行うのが通常です。①30日前の予告という方法が良いのか、②30日分以上の平均賃金を支払っての即時解雇が良いのかは、ケース・バイ・ケースです。業務の状況や引継の要否等を踏まえて選択することになると思われますが、①の方法をとった場合であっても、労働者が有給休暇を申請して出社しないということも想定されますので注意が必要です。
    (4)解雇理由証明書の交付
    労働者の求めがあった場合、使用者は退職の事由を記載した証明書を交付すべきものとされており、解雇の場合には解雇理由をも記載しなければならないとされています(労働基準法第22条)。就業規則の一定の条項に該当することを理由として解雇した場合には、就業規則の当該条項の内容及び当該条項に該当するに至った事実関係を証明書に記載しなければならないと解されています(労働省労働基準局長平成11年1月29日通達第45号)。後日、解雇の有効性が争われた場合、解雇理由証明書に記載していない解雇理由を主張することは困難になりますので(後出しになるため)、解雇理由証明書には解雇理由を漏れなく正確に記載しておくことが必要になります。紛争になることが予想されるのであれば、弁護士によるリーガルチェックを受けたほうが良いと思われます。

09

懲戒処分に関する労務問題

  • 懲戒処分は、どのようなものですか。

    懲戒処分とは、従業員の服務規定違反行為、企業秩序違反行為に対する制裁罰を意味し、一般に、戒告、減給、出勤停止、諭旨解雇・論旨退職、懲戒解雇などの処分が定められています。懲戒処分は、従業員にとって不利益な処分にあたりますので、懲戒処分が有効になるための厳格なルールが定められています。

  • 懲戒処分が有効になるための要件を教えてください。

    ①懲戒事由を定めた就業規則等が存在すること
    まず、就業規則等に、懲戒事由及び懲戒の種類が規定されており、労働者に周知させる手続がとられていることが必要です。また、規定の内容が合理的であることも必要です。いくら不正行為があったとしても、当該行為時において、懲戒事由として就業規則等に規定されていなければ、事後的に懲戒処分をすることはできません(遡及適用の禁止)。
    近年、職場のIT化が進んでおり、これに伴い新たなルールを整備しばければならない場合もありますので、労務管理の観点からは、自社の就業規則の服務規律の箇所を再度点検したほうが良いと考えます。
    ②懲戒事由に該当する事実の存在
    次に、就業規則等に規定された懲戒事由に該当する事実があったことが必要です。この点に関して、この事実は懲戒処分の時点で使用者が認識していたものに限られるとした裁判例があります。懲戒事由の後付けは認められませんので注意が必要です。十分に調査を尽くしてから、懲戒処分を行う必要があります。
    また、使用者が認識していたとしても、懲戒事由として表示しなかった事由をもって懲戒処分の有効性を基礎づけることはできないとした裁判例もあります。後出しは認めないという趣旨です。懲戒事由については漏れなく懲戒処分の理由に挙げる必要があります。
    ③懲戒処分の相当性
    さらに、懲戒処分が社会通念上相当であると認められることが必要です。まず、平等性の要請から、従業員間の処分が均衡していることが求められ、また、公平性の要請から、同種事案に対する過去の懲戒処分とのバランスが求められます。従来黙認してきた行為に対して処分を行う場合には、公平性の観点から、事前の十分な警告が必要になると解しておいた方が良いと考えます。
    また、処分の重さが、規律違反の種類や程度等に照らして、相当であることも必要です。特に、諭旨解雇や懲戒解雇の場合には、労働者の不利益の程度が大きいですので、制裁として労働関係から排除することを正当化できる程度のものでなければならないと解されています。
    ④適正な手続
    最後に、処分に先立って、本人に弁明の機会を与えることが必要です。多くの裁判例もその旨を説示していますので、問答無用の懲戒処分は控えるべきです。
    また、就業規則や労働協約で、労働組合との事前協議や懲戒委員会の討議を経ること等が定められている場合には、これらの手続を履践する必要がありますので、注意が必要です。
    ⑤懲戒処分の時機について
    時機についても注意が必要です。懲戒事由が発生してから相当期間経過した後になされた懲戒処分は、企業秩序が回復されており懲戒処分の必要性がないとして、懲戒処分を認めなかった裁判例(7年半経過後のケース)がありますので、注意が必要です。時機に後れないように留意する必要があります。

  • 就業規則に定めておくべき懲戒事由を教えてください。

    就業規則では、企業秩序を維持するために、従業員が「やるべきこと」、「やってはいけないこと」を服務規定という形式で定めるのが一般的です。また、服務規定違反があった場合には、懲戒処分を行う旨の懲戒規定を定めるのが一般的です。服務規定は企業秩序を維持するための事前の「予防策」であり、懲戒規定は事後の「解決策」です。
    服務規定については、モデル規定を基にしつつ、それぞれ自社にあった服務規定を作成したほうが良いと考えます。近時は、フェイスブック等で会社のことや他の従業員のことを書き込んだりすることで、企業秩序が害される場合がありますので、これらに対応する規定を設ける必要があります。
    <服務規定の例>
    第〇条 社員は、次の事項を遵守しなければならない。
    1 健康に留意し、明朗な態度で業務を遂行すること。
    2 身だしなみを整え、相手に不快感を与えないこと。
    3 相手に不快感を与える言動に及ばないこと。
    4 会社の方針を尊重し、会社及び上司の指示に従うこと。
    5 上司、同僚、部下と互いに協力し、協調性をもって職務を遂行すること。
    6 正確かつ迅速、誠実に業務を行うこと。
    7 勤務時間中は私語をせずに業務に専念すること。
    8 業務上の事項について報告、連絡、相談を徹底すること。特に、業務上の失敗、ミス、クレームについては速やかに上司に報告すること。
    9 職場の整理整頓を心がけること。
    10 電力や消耗品その他の経費の節約に努めること。
    11 品位を保ち、私生活上を含めて会社の名誉や信用を傷つける行為に及ばないこと。
    12 酒気を帯びて業務を行わないこと。飲酒運転をしないこと。
    13 在職中、退職後にかかわらず、業務上知り得た一切の事項を他人に漏らさないこと。
    14 在職中、退職後にかかわらず、業務上知り得た一切の事項を、事業場外に持ち出さないこと。また、会社で使用したパソコン、電子媒体は会社に無断で社外に持ち出さないこと。
    15 会社の許可なく、他の会社・団体の役職員に就任し又は雇用されないこと。
    16 会社の施設、車両、備品などを、会社の許可なく無断で使用しないこと。
    17 会社の許可なく、自家用車を通勤や業務に使用しないこと。
    18 職務上の地位を利用して、金員の借用、贈与、接待などの利益を受けないこと。
    19 会社の許可なく、会社内で、宗教活動や政治活動など業務に関係のない活動や、業務に関係のない集会をしないこと。また、業務に関係のない文書の掲示、配布をしないこと。
    20 電子メールやインターネットを業務以外の目的で利用してはならない。会社は、社員の電子メール、インターネットの利用状況等を必要に応じて調べることができる。
    21 業務時間中に、業務以外の目的でスマートフォン等の携帯端末を使用してはならない。
    22 相手の望まない性的言動等により、他の社員に不利益を与えたり、職場環境を害すると判断される行為を行わないこと。
    23 相手の人格を侵害する言動を行い、他の社員に精神的負担を与えたり、職場環境を悪化させる行為を行わないこと。
    24 経歴、住所、通勤手段等会社が申告を求めた事項について虚偽の申告を行わないこと。
    25 インターネット上の書き込み、新聞・雑誌等への投稿において、会社、会社の社員又は取引先等(以下「関係者」といいます。)を誹謗中傷する言動(誹謗中傷と誤解される言動を含む。)、関係者の名誉や信用を害する言動、関係者の秘密の漏洩と察知されるような言動を行わないこと。
    26 会社は、必要に応じ、社員の所持品を検査し、また、必要な調査を行うことができ、社員を正当な理由なくこれを拒むことができない。
    27 その他、会社が定める諸規定や通知事項を遵守すること。

  • 服務規定以外の懲戒事由を教えてください。

    懲戒事由については以下のものが考えられます。
    (1)服務規定違反、就業規則違反
    会社の規定やルールに違反した場合の懲戒規定です。処分内容は、違反の態様、程度、回数等を踏まえて決定することになります。実務上、懲戒解雇できるのは、違反を繰り返す場合や違反の程度が重大な場合に限定されるのが通常です。
    (2)経歴詐称
    学歴、職歴、犯罪歴などの経歴詐称は懲戒事由になります。実務上は、重要な経歴詐称を、雇用関係を解消する諭旨退職処分や懲戒解雇処分とすることが多いです。「重要」なものといえるか否かは、詐称の内容や労働者の職種等を踏まえて判断することになります。
    (3)勤務状態の不良
    正当な理由のない欠勤、遅刻、早退、職場離脱に対する懲戒規定です。実務上、当初は注意や指導を行い、改まらない場合には軽い懲戒処分を行い、更に改善がない場合には雇用関係を解消する諭旨退職処分や懲戒解雇処分を行うという段階を経ることが相当であると考えます。
    (4)業務命令(人事異動などの命令を含む。)違反、
    労働者は、使用者の業務命令に従って労働を提供する義務を負いますので、業務命令違反を懲戒事由とすることができます。人事異動などの命令に違反する場合も同様です。
    (5)職場規律違反
    横領や背任、取引先へのリベートや金員の要求・受領等の不正行為、同僚や上司等に対する職場での暴行等は懲戒事由になります。
    (6)業務上のミス
    故意又は過失により、会社に損害を発生させた場合を懲戒事由とすることができます。もっとも、実務上、懲戒解雇処分については、故意又は重過失に限定している例が多いです。軽過失の場合には、注意、指導を行い、それでも改まらない場合に懲戒処分(懲戒解雇以外)を課す方法が考えられます。
    (7)刑罰法規違反、私生活上の非行
    刑罰法規に違反する行為を行った場合を懲戒事由とすることができます。もっとも、業務外の事件の場合について、懲戒解雇が有効であるには、会社の社会的評価に及ぼす影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならないとした裁判例があります。無条件に懲戒解雇が認められるものではありませんので、注意が必要です。私生活上の非行についても同様です。企業運営に具体的に影響を与える程度に風紀秩序を乱したことが必要と解されています。
    なお、飲酒運転については、交通、運送関係の業種の場合には、職場外・勤務時間外であっても懲戒解雇事由となりますが、それ以外の業種の場合には、職場外・勤務時間外の飲酒運転の事実のみをもって懲戒解雇処分を行うのは難しいと解されています。
    (8)その他の使用者の利益を害する行為
    使用者に対する批判行為、従業員の引抜行為等の使用者の利益を害する行為を懲戒事由とすることができます。

  • 懲戒処分の種類、内容を教えてください。

    懲戒処分の種類と内容は以下のとおりです。
    (1)譴責・戒告
    一般には、始末書を提出させて将来を戒める処分をいいます(始末書の提出を求めない場合もあります。)。最も軽い処分になります。
    (2)減給
    業務遂行していたにもかかわらず、賃金の一部を減額する処分をいいます。減給できる額については、労働基準法第91条に、「1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金総額の10分の1を超えてはならない」とする規定があります。
    (3)出勤停止
    一定期間の出勤を禁止し、その間の賃金を支払わない処分をいいます。出勤停止期間については法律上上限の定めはありませんが、賃金の不支給という不利益を伴いますので、あまりに長すぎる出勤停止期間の定めは無効とされる可能性があります。裁判例では、6か月の出勤停止について、そのうちの3か月の限度で有効とした事例があります。
    (4)降格・降職
    職能資格や役職を下位に下げる処分をいいます。職能資格や役職に伴って賃金が変動する賃金制度が採用されている場合には、降格・降職に伴って、賃金も下がることになります。
    (5)諭旨解雇・懲戒解雇
    懲戒解雇とは、懲戒処分として解雇する処分をいいます。懲戒処分の中で最も重い処分です。退職金の全部又は一部の支給がなされないことが多いです。諭旨解雇とは、懲戒解雇を軽減した処分であり、懲戒解雇相当の場合であっても、長年の功労や本人の反省等を考慮して一段階軽くする処分です。懲戒解雇との違いは、退職金の支払いにおいて有利に扱われる場合が多いです。

  • 懲戒処分を下すまでの間、自宅待機を命ずることはできますか。

    懲戒処分を下すためには、事実関係の調査等に一定の期間を要する場合があります。重い処分が予想される場合等、出勤させるのが相当ではないケースが考えられますので、自宅待機規定を設けるという方法が考えられます。この場合は、会社都合による自宅待機ですので、賃金支払義務が発生しますが、就業規則に定めることにより平均賃金の6割の支給とすることも可能です。
    <規定例>
    第○条 懲戒は、その情状により次の区分により行う。
    (1)譴責
    始末書をとり、将来を戒める。
    (2)減給 
    始末書をとり、1回の額が平均賃金の1日分の半額、総額が1賃金支払期における賃金総額の10分の1を超えない範囲で行う。
    (3)出勤停止
    始末書をとり、3日以上30日以内で出勤を停止し、その間の賃金は支給しない。
    (4)降格・降職 
    始末書をとり、下位資格、下位役職に下げる。
    (5)諭旨解雇
    懲戒解雇事由が認められる場合であっても、情状により、30日以上の予告期間又は予告手当を支給して解雇する。
    (6)懲戒解雇 
    予告期間を設けることなく即時解雇する。労働基準監督署長の認定を受けたときは、予告手当を支給しない。
    2 懲戒処分を決定するまでの一定期間、自宅待機を命ずることができる。自宅待機期間の賃金は平均賃金の6割とする。

  • 懲戒処分を公表する際の注意点を教えてください。

    懲戒処分の公表については、労働者のプライバシーや個人情報の保護との関係で、慎重に検討する必要があります。公表する側にとって必要やむを得ない事情があり、必要最小限の表現を用い、労働者の名誉、信用を可能な限り尊重した公表方法を用いて事実をありのままに公表した場合に限り社会的にみて相当と認められるとした裁判例があります。公表の目的(①社員の指導教育、②再発防止、③取引先への告知等)や公表先の範囲に応じて、公表内容を慎重に検討していく必要があります。

  • 不正行為を行った社員から退職届出が提出されました。懲戒解雇処分を行いたいと考えていますが、どのように対応すれば良いですか。

    懲戒解雇は、労働契約が前提となりますので、懲戒解雇事由が認められるとしても、退職の効力が発生した後に、溯って懲戒解雇をすることは認められません。民法627条によると、退職届出が提出されてから2週間経過後に労働契約が終了することになりますので、実務上、懲戒解雇をする場合には、就業規則に30日以上の予告期間の定めがあるとしても、退職届出が提出されてから2週間以内に懲戒解雇をすべきであると考えます。

  • 懲戒解雇する場合も解雇予告手当を支払う必要はありますか。

    使用者が労働者を即時に解雇する場合には、30日分以上の平均賃金を支払わなければなりませんが、労働者の責めに帰すべき事由に基づいて解雇する場合には、解雇予告手当の支払いは要しません(労働基準法第20条第1項)。その場合は、事前に労働基準監督署長の認定(いわゆる除外認定)を受けなければなりません(労働基準法第20条第3項)。もっとも、除外認定を受けなかったとしても、除外事由に該当する事実が客観的に存在すれば、即時解雇を有効とするのが多くの裁判例の立場です。

  • 懲戒解雇をする場合も退職金を支払う必要はありますか。

    懲戒解雇をした場合に、当然に退職金の不支給又は減額が認められるわけではありません。退職金の全部又は一部を支給しないためには、そのことが就業規則に規定されていなければなりません。退職後に懲戒解雇の事由が発覚する場合もありますので、これに対応できる規定も盛り込んでおくべきです。
    <規定例>
    第○条 次の各号の一に該当するときは、退職金の全部又は一部を支給しないことができる。既に退職金が支給されているときは、その全部又は一部の返還を求めることができる。
    (1)懲戒解雇されたとき
    (2)懲戒解雇の事由があるとき(退職後に懲戒解雇の事由が発見された場合を含む。)
    (3)<以下省略>

  • 懲戒処分の可否、手続などについて、弁護士に相談することは可能ですか。

    可能です。裁判例を踏まえて、御社のケースについて具体的に検証します。

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その他

  • 労働審判とはどのような制度ですか。

    労働審判官(裁判官)1名と労働審判員2名の合計3名の合議体(労働審判委員会)が、労働者側の言い分、会社側の言い分を聞きながら審理及び判断を行う手続です。原則として3回以内の期日で審理が終わります。

  • 労働審判手続の流れを教えてください。

    手続の流れは、通常、以下のとおりとなります。
    ①労働者が裁判所に労働審判の申立てを行います。
    ②裁判所から労働審判申立書と呼出状が送付され、会社側に届きます。
    ③会社側が裁判所に答弁書等を提出します。
    ④裁判所において審理が行われます(原則として3回以内)。
    通常、労働審判委員会から調停案(和解案)が示されることになります。
    ⑤調停が成立しない場合、労働審判委員会が審判を行います。

  • 労働審判委員会の調停案で調停が成立するとどうなるのですか。

    裁判で和解したのと同一の効力が生じます。

  • 労働審判委員会で審判が下された場合、どうなるのですか。

    当事者から2週間以内に異議があると、審判は効力を失い、訴訟に移行します。

  • 労働審判のポイントを教えてください。

    労働審判では、第1回期日における対応が重要になります。会社側としては、迅速に反論書面(答弁書)を作成し、かつ、必要な証拠を準備する必要があります。

  • 労働審判手続の対応を弁護士に依頼することは可能ですか。

    可能です。労働審判が申し立てられた場合、できるだけ早期にご相談ください。

  • 労働審判手続を弁護士に依頼する場合、費用はどのくらいかかりますか。

    当事務所の基準をご参照ください。
    労働審判

  • 労働基準監督署から事情聴取等の要請を受けた場合、どのように対応すればよいのですか。

    まずは労働基準監督署からの連絡内容を精査し、事情聴取等の理由を確認します。

  • 労働基準監督署は、どのような場合に事業所を調査するのですか。

    労働基準監督署の調査は、原則として定期監督、災害時監督、申告監督に分けられます。申告監督は、労働者から何らかの申告があった場合に申告内容の確認のために行われる調査ですので、注意が必要です。

  • 労働基準監督署は、どのような調査を行うのですか。

    一般的に賃金台帳、タイムカード、労働者名簿等の帳票を確認します。長時間労働や未払賃金の有無について調査を受けるケースが多くなっています。

  • 労働基準監督署の対応について弁護士に相談することは可能ですか。

    可能です。

  • 労働基準監督署に呼び出されているのですが、上手く事情を説明できるか不安です。

    弁護士が労働基準監督署に同行することも可能です。詳しくは当事務所までお問い合わせください。

  • 非正規労働者(有期雇用、パートタイム労働者、派遣労働者、日雇労働者)への対応について、考慮すべき事項は何ですか。

    雇用形態に応じて、適用される法律、雇用期間、契約の更新、雇止めに関するルールや手続などが異なります。採用段階から雇用形態に応じた対応が必要になります。

  • 非正規労働者の雇止め等について、弁護士に相談することは可能ですか。

    可能です。

  • 賃金・賞与制度、退職金制度、人事考課制度等の人事制度の設計について、弁護士に相談することは可能ですか。

    可能です。

  • 労働組合からの交渉申入れについて、まずはどのように対応するべきですか。

    まずは、労働組合の交渉申入れの内容について十分に精査することが必要です。

  • 労働組合から交渉について、どのような対応が考えられますか。

    労働組合との交渉方法については、面談での協議、書面での回答等が考えられます。交渉においては、要求内容を十分に精査することが必要です。

  • 面談で協議する場合、その場に弁護士を同席させることは可能ですか。

    可能です。

  • 書面で回答する場合、書面の内容について弁護士に相談することは可能ですか。

    可能です。

  • 労災事故が起こった場合、まず何を行うべきですか。

    速やかに事故の原因を調査し、業務上の事故であるか否かを確認する必要があります。業務上の事故であることが確認された場合、労災の申請を行います。会社に非があることが明確であれば、謝罪を行います。

  • 謝罪方法としては、どのような対応が考えられますか。

    責任者が直接会って謝罪する方法や、詫び状の作成が考えられます。謝罪によって示談交渉の様相も変わりますので、慎重かつ早急に対応する必要があります。

  • 示談交渉は、どのような内容になりますか。

    労災で補填されない損害に関する示談交渉が中心になります。業務上過失致傷等で刑事処罰の対象になり得る場合は、刑事事件についても示談交渉を行うことになります。

  • 弁護士に労災事故の示談交渉を依頼することは可能ですか。

    可能です。

  • 弁護士に労災事故の示談交渉を依頼する場合、費用はどのくらいかかりますか。

    当事務所の民事訴訟の基準を参照して費用を決定します。
    民事訴訟

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